2015年09月06日

緑のドレスとぬいぐるみの夢(前編)


今朝見た夢と夢占いと、そこから自分を見つめたことです☆

(以下夢の話)夢の中、私はどこか不思議な町で暮らしていました。夢の世界の近所の方のお家で普段着の集まりがあったり。そのうち不思議な団体が表れて、私の知人友人たちも、その団体が用意した建物に歩いて移動しました。のどかな田園風景の中に、緑色の団地風の建物が3棟、横に細長い楕円形の窓が付いていました。ゆるやかに強制された移動、でも皆穏やかににこやかに、建物の中に入ってゆきます。私は一人、建物に入らずそのまま道をまっすぐ進むことにしました。
その時の私は緑色のドレスを着ていました。建物も緑だし、こんな色を着ていたら目立っちゃうなあと少しうつむいて少し急ぎ足であるいていました。3棟目を通り過ぎたころ、後ろから声をかけてくる方があるので、振り向くと、3階の窓から知人が二人私のことを呼んでいました。近づくと渡されたのは龍のぬいぐるみ。円筒形で30センチ位の高さ。リアルというよりキュートな感じ。『○○さんからアドバイスを受け取った?、頑張ってね。』とエールをいただきました。私は龍と一緒に不思議な団体と対決することになったようでした。
アドバイスは龍と共にどのように作戦を立てるかについての物のようですが、アドバイスを受けた記憶はありません。いったい何をするのかなあと思いながら、目的地に向かって、龍に載って飛び立ちました。
といっても円筒形の小さな龍は特にお話をするわけでもなくそのままの姿。それでも両手でしっかりとぬいぐるみにつかまって、斜め上方を目指します。その時の大地はなぜか長野の大地なことが伝わってきました。
私は100メートルくらい上空に行きたかったのですが、50メートルくらいのところでうろうろしてしまいます。そんな私の姿を下の方から見上げておしゃべりをしている方たちの声が聞こえてきます。50代後半から60代くらいの穏やかなのんびりしたお話声。私の飛行高度について、ああ、今523メートルくらいだね、とか世間話のように実況してくれているのです。私が空を飛ぶことを不思議と思わないなんて、ハンググライダーか何かと勘違いしているのかなあとぼんやり思った頃の記憶で、夢は終わりました。(夢の話終了)


目が覚めた時の印象は、どこかコミカルな感じで、ヨーロッパのSFコメディ映画のような不思議な軽やかな空気の漂う世界でした。不思議な夢を見たなあと思いつつ、空飛ぶ夢って夢占いではどんなだろう、と検索をかけてみました。

思い通りに飛べない夢、よろよろ飛ぶ夢は、二つ見たサイトの両方で『注意しましょう』のコメントが書いてあって、現実逃避や地に足がついていないなどのご指摘もありました。日頃夢占いを信奉しているわけではないのに、なんだか不思議な夢だったことが気にかかって、分かりやすく解き明かしてくれるアドバイスが欲しかったのでしょうね。そうか、私は現実逃避をして高望みをしているのかもしれない、と午前中鬱々と過ごしてしまいました。

日帰り温泉にお出かけしよう、家の中で用事を済ませようと思っていたのに、気持ちがなかなか前向きになれず、ゆっくりしか用事がこなせません。ゆっくり休みながら過ごしていると、もう夕方になってしまいました。

お買いものに出かけてお店の中を歩いていると、小さな男の子が、お母さんらしき方と一緒にお買いものしていたのですが、手をつないで歩いているだけでも嬉しいようできょろきょろしながら周囲に笑顔を振りむいていました。私も思わず嬉しく笑みがこぼれてしまったのですが、その時初めて、自分のテンションが不必要に低くなっていることにようやく気が付きました。

嬉しいことがあって、優しい声をかけてもらったりすると、私は恵まれすぎているのではないのか、と不安になってしまう。夢のことも、ネットでたまたま見かけた方の一般論のアドバイスに耳を貸すのはいいかもしれないけれど、そのことを理由に自分の至らなさを責めてしまうのは、本当に必要なのか。

高揚してまた落ち込んで、というのはよくある流れなのですが、今日の夕方ココまで感じてみて思ったのは、確かに今は時代が変化してきているなあという想いでした。

もうここまで書いて深夜になってしまったので、続きは明日書かせていただきます♪
ナイアガラと黄色いガーベラ小.jpg
最後までお読みくださり、ありがとうございました。




posted by e-aprico@杏の木 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 夢の話

お鍋を焦がして考えた


4日夜に告知を終えて、夜はのんびり過ごし、5日は午後からお出かけでした。朝車を走らせながら、昨日書いた記事がちょっと過激な表現だったなあと反省しておりました。

封印解除の中でも特殊なケースをことさらにクローズアップして、どこか扇情的な印象を与える文章になってしまったこと。プロとしてワークを提供してゆくはずなのに、責任を過剰にとろうとしすぎて、封印解除をワークとして提供していらっしゃる他のワーカーさん達に、とても失礼にあたるような文章だったのでは。とひとり思い悩んでおりました。

そんな中午後からのお出かけ、午後からだからと朝ゆっくり珈琲を飲んでいたら、あっという間に出発の時間が迫ってきました。カリフラワーをゆでて、カボチャを煮て。30秒ほどと思って火の前を離れるとき、カリフラワーの鍋の火を止めたのに、カボチャの火を止めることをすっかり忘れてしまっていました。

中華鍋でカボチャを煮ていた私。すでにカラメル状になっていた煮汁が、すっかり黒く焦げてしまいました。カボチャはなんとかこんがり臭がしますが、私が一人で食べるなら大丈夫そう。でも、お鍋をここまで焦がしたのは2年ぶりくらいだった気がします。お湯を沸かして、何度もこすって。それでもなかなか取れません。私の自己評価が自己卑下に傾くとき、その姿に接した方がいろいろいやな思いをなさるのかもしれないなあ。周囲に波及してゆくってこんな感じかしらと鍋をゴシゴシこすりながら考えておりました。

心の内にあるものを言葉にしてゆくって、本当に難しいです。書きたいものの一部分を強調してしまうと、印象がまるで変ってしまったり、ともすると誤解を招きかねない表現になってしまったり。私が投稿した文章も『上手』とか『うまい』とか思える文章はあまりないと思います。でも、『うまい』文章でなくても、伝えたい、という想いが感じられる文章を書けたときっていうのは、その文章をとおして、私の心の内にあるものを感じ取ってくださる方がいらっしゃるようで、読み手の方の汲み取り力に毎回感謝したくなってしまいます。

私が自己卑下に傾きそうになったとき、あのお鍋をごしごしこすっている時の気持ちを思い出そうと思います。単なる無意識の自己卑下であっても、身を焦がしちゃう。大切に使ってきた鍋を台無しにしちゃうかもしれないのですね。

洗ってこすって乾かして、のプロセスを10回くらい繰り返しましたら、お鍋は大分復活してきました。今朝目玉焼きを作ったのですが、少しだけしか焦げ付かなかったので、あと一息だろうと思っています☆

大切なものを不注意から失ってしまうことの怖さ、8年以上愛用してきた大好きな中華鍋をへの字眉でごしごしこすっている時のせつなさ、今思い返すと大切なギフトですね。高次元領域をたくさん使っているときは日常のことが注意散漫になりやすくなってしまうので、意識的に自分自身を労わってゆこうと思いました。

他にも書こうと思ったことがたくさんあったのですが、なぜか鍋のお話になりました。中華鍋さんには申し訳ないけれど、焦げたのが鍋で、本当に良かったです。これから気をつけようと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
美ヶ原2013夏ホテル小.jpg
写真は2013年の美ヶ原です。
posted by e-aprico@杏の木 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑感