2015年09月09日

過去日記に癒されて


ブログのアクセス解析をこのところ毎日拝見しております。ページ別アクセス解析というページだと、どのページをご訪問くださったのかがわかるのですが、自分でも忘れていたような2007年の記事にアクセスしてくださる方もあり。数か月前の物であろうとも、とても新鮮な気持ちで読み返すことが出来て、過去の自分の言葉に勇気をいただいております。

月曜日頃から、毎日のようにお昼寝をしています。短いのがよいとか聞きますが、とてもそれでは収まらないくらいのぐっすり。今日も午後からお昼寝をして、何度かうとうとしながら、気づくと夕方になっていました。もうこのまま明日の朝まで眠れるかも。。と思ったのですが、ちょうどお花が補充の時期。

今週はお花と果物を飾るって決めたしなあとせっかく菊の節句なので、菊の花とお肉をさっと買って帰ろうと重い腰(←本当に重かった。。)をあげて髪を整えて玄関のドアを開けました。

すると目の前に美しい夕焼けが。長野は山が多いので、夕焼けが見える日は少なくって、ほんの一瞬なんです。携帯でパチパチした後、部屋に戻ってカメラをとってきたころには、もう雲はグレイ一色になっていました。
それでも、ようこそ、と言わんばかりの美しい雲がちょうどドアを開けた目の前に広がっていたこと、とても嬉しく思いました。

帰宅した後ゆっくり簡単な夕食を作って、自分用はごく軽く済ませることにしました。昨日はトウモロコシご飯がおいしく出来て、ついお代わりしちゃったので、今日は中くらいのおにぎりとおかずを少々。鶏の手羽元と大根の煮物、豆鼓醤を入れるのは初めてでしたが、無事おいしく出来てホッとしました。

ついつい難しく考えてきゅっとしちゃう癖のある私。昨日もう自分を受け入れるしかないとあきらめたのがじわじわ効いてきたのか、今日はだいぶ力が抜けてきました。

今ココにある私と、一斉ワークを行う私とが地続きで存在すること。頭で考えるのではなく、丸っと丸ごと受け入れてしまおう。そんな決意をようやく固めつつあります。

お手伝いをさせていただけることの喜びをかみしめて、当日に向けてもっと力が抜けて行ったらいいな。

ご縁の在ります方の目に留まりますように。

最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました。

重陽の菊mini.jpg
posted by e-aprico@杏の木 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

9月8日に見つめたこと、自分の中の理想と魂の発露と


今日は気持ちが右往左往した日でした。こっちをやろうかな。でもなあ。じゃあこっち。あれでもこれは無理。
夕方ごろすっかりあきらめて、今日は夕ご飯作りはおさぼりしようと思ったのに、気が付いたらぼんやりしたままあれこれ作っていました。

何で今日はどうしてこんなにぼんやりなのだろう、と夜になって内省してみたら、今まで出来なかったことが出来るようになってしまうことへの怖さを味わっているようでした。何かが出来るようになったのに、それが嬉しく思えないことへの悲しさ。以前はどうやったらできるようになるだろうと試行錯誤していたのに、ある時ふっとそれが出来るようになっている。そのことを気が付いた時、その部分を味わう感情がすり減ってしまったのかのような自分がいます。

今文章にまとめながら感じたのは、私が思い描く理想の自分像と今の私の在り方とのギャップかなあと思っています。

この辺は上手になりたい。この辺りはもっとサクッとこなせるようになりたいと意識している部分は、何度やってもうまくゆかなくて。この辺りはもっとゆっくりでいい、もっと確実に今あるモノを固めてゆきたいと思っている部分はすっとその先のステージに進んでしまっていたりする。

そのままの私を受け入れようと努力しているつもりで、まだまだ現実の可能性とは離れた方向に理想の自分を見出そうとしてしまっているのですね。

この夏の私のテーマは「うまくやることを手放す」というものでした。なみさんの在り方は独特、ということを今までも何度か言われてきました。だって皆それぞれ独自だしなあとおもって、腑に落ちていなかったのです。

今というか、今日になってようやくわかったのは、私の独特というのは、周囲の方とは歩むペースが異なっているように感じる場面が多いと思うけれどもそんなの気にしなくっていいから!という励ましのエールだったのかもしれないなあということです。

未だに「上手に」ということへの憧れが強くある私。私には全然出来そうもないことをサクサクこなす方々を見て、何て自分はちっぽけなんだろうと思ってしまうようです。

「上手にとか無理だから」と声をかけていただいた時、本当にほっとしました。お話の流れもあると思うのですが、私が頭で意図するのではなく、もっとのびのび、魂が希求する方向へすくすく伸びてゆくのを見守り受け入れることなんだなあと感じたのでした。

なんだか子育てのお話のようですね。他の方にも「なみさん思いがけないことが出来ちゃったり、自分でも自分のことがよく分からないと思うから」的なご指摘を頂いたりして。今色々を合わせて考えるとああその辺りが私なのかもしれないなあと改めて感じています。

日常生活の中でおろおろしたり萎縮したりしちゃうちっぽけな私とワーカーモードになったときの私と。両方ともが私の魂の発露なのであり、他の誰よりも先に、私自身がそれを認めて受け入れてゆかないとですね。

傍から見たらいびつと見えるかもしれない、不健全と見えるかもしれない。でも、そうでない形も今までずっと模索し続けて、結果として今の私がいるのだとしたら、これ以上切ない思いを抱えて無理をし続けるよりも、自分の今の形を抵抗せずに受け入れてゆくのも選択肢の一つかもしれませんね。

今ようやく一つ抵抗を手放せたようで、傍から見たらいびつに見えるかもしれない自分自身のことをいじらしくてかわいいなあとちょっと思えるようになりました。

今日一日私が抱えていたモノは孤独だったのかもしれません。でも、孤独な私が持つ独特さをしっかりと噛みしめ味わってゆくことで、他の方の「独特」なありかたも尊重できるようになるのかもしれませんね。

「上手に、をてばなすこと」、その事を意識しているつもりで、まだ理解が浅かったようです。今思い出せてよかったです。

最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました。
ナイアガラと黄色いガーベラ小.jpg
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posted by e-aprico@杏の木 at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記