2015年09月06日

お鍋を焦がして考えた


4日夜に告知を終えて、夜はのんびり過ごし、5日は午後からお出かけでした。朝車を走らせながら、昨日書いた記事がちょっと過激な表現だったなあと反省しておりました。

封印解除の中でも特殊なケースをことさらにクローズアップして、どこか扇情的な印象を与える文章になってしまったこと。プロとしてワークを提供してゆくはずなのに、責任を過剰にとろうとしすぎて、封印解除をワークとして提供していらっしゃる他のワーカーさん達に、とても失礼にあたるような文章だったのでは。とひとり思い悩んでおりました。

そんな中午後からのお出かけ、午後からだからと朝ゆっくり珈琲を飲んでいたら、あっという間に出発の時間が迫ってきました。カリフラワーをゆでて、カボチャを煮て。30秒ほどと思って火の前を離れるとき、カリフラワーの鍋の火を止めたのに、カボチャの火を止めることをすっかり忘れてしまっていました。

中華鍋でカボチャを煮ていた私。すでにカラメル状になっていた煮汁が、すっかり黒く焦げてしまいました。カボチャはなんとかこんがり臭がしますが、私が一人で食べるなら大丈夫そう。でも、お鍋をここまで焦がしたのは2年ぶりくらいだった気がします。お湯を沸かして、何度もこすって。それでもなかなか取れません。私の自己評価が自己卑下に傾くとき、その姿に接した方がいろいろいやな思いをなさるのかもしれないなあ。周囲に波及してゆくってこんな感じかしらと鍋をゴシゴシこすりながら考えておりました。

心の内にあるものを言葉にしてゆくって、本当に難しいです。書きたいものの一部分を強調してしまうと、印象がまるで変ってしまったり、ともすると誤解を招きかねない表現になってしまったり。私が投稿した文章も『上手』とか『うまい』とか思える文章はあまりないと思います。でも、『うまい』文章でなくても、伝えたい、という想いが感じられる文章を書けたときっていうのは、その文章をとおして、私の心の内にあるものを感じ取ってくださる方がいらっしゃるようで、読み手の方の汲み取り力に毎回感謝したくなってしまいます。

私が自己卑下に傾きそうになったとき、あのお鍋をごしごしこすっている時の気持ちを思い出そうと思います。単なる無意識の自己卑下であっても、身を焦がしちゃう。大切に使ってきた鍋を台無しにしちゃうかもしれないのですね。

洗ってこすって乾かして、のプロセスを10回くらい繰り返しましたら、お鍋は大分復活してきました。今朝目玉焼きを作ったのですが、少しだけしか焦げ付かなかったので、あと一息だろうと思っています☆

大切なものを不注意から失ってしまうことの怖さ、8年以上愛用してきた大好きな中華鍋をへの字眉でごしごしこすっている時のせつなさ、今思い返すと大切なギフトですね。高次元領域をたくさん使っているときは日常のことが注意散漫になりやすくなってしまうので、意識的に自分自身を労わってゆこうと思いました。

他にも書こうと思ったことがたくさんあったのですが、なぜか鍋のお話になりました。中華鍋さんには申し訳ないけれど、焦げたのが鍋で、本当に良かったです。これから気をつけようと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
美ヶ原2013夏ホテル小.jpg
写真は2013年の美ヶ原です。
posted by e-aprico@杏の木 at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常雑感
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