2017年05月10日

ちょっとほっとしたお話

桜が咲き出す頃から、「ああ、もうじきあたたかくなってしまう」と、少しだけブルーになってました。春が来るのは嬉しいのに、なんでこんなに憂鬱なのかな?と自分の中で理由を探していました。

桜に関する悲しい思い出があるからかな、とか、気温が高くなるせいで、諸々の化学物質の揮発量が多く感じられるからなのかな?とか、時々くしゃみ鼻水が出るし、もしかして、今年こそ花粉症がはじまろうとしているからなのかも?とか。

先日車で移動中に窓の外を眺めていて、ああそうか!と思ったもう一つの理由は稲の植え付けがはじまるから、でした。桜の時期に種まきをしたり、5月の連休で植え付けをしたりする地方も多いようですね。ああ、ここの田んぼも水をいれている。もう植え付けが終わっている。そんな様子を眺めながら、今年も無事刈り入れと脱穀までを終えることができますように、と祈りにも似た気持ちが動き出すようでした。

夏に稲の花が咲いて、稲穂がたれてくる頃から、無事脱穀までが終わりますように、と田んぼを見るたびに気もそぞろになっているのは数年前から自覚していたのですが、植え付けからだったのかも。

自分の田んぼというわけではなく、目にする田のことが気に掛かるというのはちょっと行き過ぎだからなんとか線引きをしようとずっと心がけてはいるのですが、冷静に冷静に、と言い聞かせながらも心の中で気に掛かってしまう自分がいるようです。ワンネスといいかえると響きはよいけれど、ただただ切ないだけの自分はどこかおかしいのかも、と悲しくなったりしておりました。

今年の春、その心配の開始地点を感じたことで、種まき(たぶん田植えから)ならしかたないな、と自分の背負い込んでいたモノの範囲を感じることで、逆に気持ちが楽になりました。花が咲いてからではなかったんだね、大変だったんだね、と自分によしよししてあげたくなりました。

人と少し変わったところもある自分自身のことを幾重にも否定してきた私。私にとって普通で自然なことが他の方から見ると驚きの対象になってしまうことに、半ば耐性のようなモノまで出来つつあります。

自分だけが独自性を持っているのではなく、全ての方の中に独自性があるのだと言うこと、エネルギーワークの世界で出会った方々が教えてくださいました。私もクライアントさんも、道行く方々も、目を見張るほど美しくて、安心してのびのび羽を伸ばせる。今もその世界のことを内に感じることで心がすっと楽になりました。

私は私であるだけ。いくら変わった部分があっても、皆さんと似ているところだってちゃんとある。きっとある。違いを見いだしてくださる方にも、共通点を見いだしてくださる方にも、素直にシンプルに向き合えたらなあと思います。様々な考え方の方がいらっしゃるので、全てを受け入れることが難しくっても、そっか、そんな考え方も感じ方もあるよね。と人の世のダイバーシティを楽しんでゆけたらいいなあと思います。

田んぼの話からちょっと脱線しましたが、嬉しいことも記憶にとどめておこうと思います。
オオイヌノフグリ647×457.jpg
最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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