2017年06月22日

「もっと」がやってきた

無理をしない、というのを心がけているつもりなのですが、いつの間にか、気がつかないうちに求道者モード?に入ってしまうことがあるようです。

ちょっと身体がこわばってるなあと思ってはいたのですが、するっとメッセージがやっていたので、あれ?と思って感じてみました。

「もっと」

最初は意味がよく分からず、「え?もっと???」と思ってしまいました。


エネルギーで届いたメッセージ。いつもは、こんなにはっきり存在感がある感じで届くことはないのです。遠くからにこにこ見守ってくださっている感じのことがほとんどなのに、何か来たかも?って感じるときは私に何か伝えたいのだろうなあと思って、(それだからメッセージなんだけど、)ちょっと立ち止まって感じてみました。

自分が心地よいと感じること、嬉しいと感じること、幸せと感じることをもっと大切に。
今でも、そうしようと心がけているのは分かるけれども、まだ既成の枠の中にあるよ
プロセスの途中にあるからとって、自らを満たすことを後回しにしていいのではない。
もっと喜びを、もっと幸せを、もっと心地よさを 
幸せをかみしめることが出来る人間が一人生きていること、そのことの豊かさをもっと知っていいのでは?

真摯さや誠実さの名のもとに、喜びが二の次になってしまうことがある。
「もっと幸せになれる」そのことを思い出して。


リーブスジャーナルの中にある「光と闇の統合」という文章の中にある
「どの一瞬も、たとえそれを感じていないときでさえ」という一説がとても気に入っています。
http://jp.leavesinstitute.com/journal/%e5%85%89%e3%81%a8%e9%97%87%e3%81%ae%e7%b5%b1%e5%90%88.html/
何度も折に触れて思い返している文章なのですが、その表現のすぐ後に、至福体験と生きるということについて、書かれています。私が今回メッセージとして受け取ったのは、この部分に書かれていることのエッセンスの一部だったのかもしれません。至福のさらにその先へ。何度も読み返していたのですが、その意味するところをまだ分かっていなかったようです。文字だけを追ってしまって見えてこないことがあるのですね。

今だって十分幸せなのに、という言い訳をついついしたくなってしまいますが、「もっと」に向けて心を開いてゆくこと、少しずつ続けてゆこうともいます。

言葉で綴ろうと思うと、思考が先に立ってしまうよう。まだつたない文章ですが、自分自身の覚え書きとして一度投稿させていただきます。

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 22:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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