2018年01月10日

心細くなっても多分きっと大丈夫

自室でカフェラテを飲みたいな、をぼんやり思い描いていました。茶筅とクックパットさんにお知恵を借りることで、つい数日前に具現化。何だ家にあるモノで出来るんじゃん!

1回目は夜だったし、わー嬉しいで終わったのですが、2日目の朝、カフェイン入りのコーヒーをドリップしてラテを作ってみると、何だか思っていたのと違うのです。

自宅ではコーヒー、ふわふわラテはお店で、と思っていた頃は、これがラテだったらなあと自宅コーヒーを飲んだりしていたのに。私の中ではコーヒーとラテって全く別の飲み物で、今自分がどちらを飲みたいのかをちゃんと感じて選ばないと、望んだ満足感が得られないようです。美味しい美味しくない以前に、自分の中でこんなこだわりがあったことにびっくりしてしまいました。
今まであったらいいな、とぼんやり憧れていたものは、実は自分のすぐ近くにある、そしてその具現化に向けて動き出して行く中で、自分の本当の望みが少しずつ見えてくる。そのプロセスを味わうことになって、ずーんと内省モードに入ってしまいました。

今は○○ではないから、と自分に言い訳をして先送りしてきたこと、言い訳って言い訳でしかなくって、本当にやってみたいなら、まずは動き出すしかないのですね。私が欲しいのは「ラテ」じゃなかったというのは、他のモノにも色々当てはまるのだろうなと思って、自分の中にある「あたりまえ」の部分を再度確認する作業をつづけていたようです。というかもう一度自分に改めて問うてみないではいられないほど、「ラテ」ショックが大きかった模様。

深い内省はエネルギー的に進行して行くようで、私の意識下に上るわけではありませんが、こんな時、何だかやたらと心細くなったり、自分がちっちゃいなあと思えたりします。自己憐憫が加速しそうになる前に、目に見える具現化を、とカメラ用のプチケースをキルティング生地で作ってみました。端切れだったので、一部バイアス裁ちにしたら、それがアクセントになって良い感じ。最近このもふもふ感に癒やされてます。

最近気に入っているセルフヒーリングは心臓近くに両手を当てて深呼吸をするモノ。内側にあるあたたかいモノが胸の方にこみ上げてきて、生きてる〜って一瞬嬉しくなります。その嬉しさが一瞬しか続かないことにようやっと慣れてきました。私自身の特質なのだから、それはそれ、と思えるようになったのはつい最近です。

いびつであっても、不器用であっても、私は私の人生を生きて行く。どこか遠くに行かなくとも、今ココにある自分が内なる豊かさに出会い続けることで、今この瞬間を生きて行く勇気をその都度補給して行こうなあと思うのでした。
カフェラテ.jpg
今日はラテではなくコーヒーの気分だったので、写真は昨日のラテです。
最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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