2018年04月16日

これ位でいいのかな

4月半ば。長野にも新緑の季節がやってきました。細い小枝から美しいグリーンがほころぶように顔を覗かせる様は、私のささくれた心にも染み渡ります。

ここ数週間位でしょうか、感情の揺れ幅が下の方に傾いている感が続いていました。少し前はお皿を洗っていても、ご飯の用意をしていても、鼻歌を歌うまでゆかなくてももっと楽しかったのに、という思いがあって、自分自身に歯がゆさともどかしさを感じていました。

動き出す前に、まずエンジンをかけるように、自分を奮い立たせてから動き出したり。今思えば、無理矢理「いつもと同じくらい、これくらい出来るはず」、の処まで自分を持って行かなくてはと必死だった用意思います。

今日お皿を洗っていてふと思ったのは、これ位でいいのかも、ということでした。

今まで普通だったことが普通でなくなる。自分に起こる変化って、思いがけない物も有るので、それが変化であることすら気づかずにいることもあります。私の場合、なんで?どうして?と理由を探してばかりいたようです。今はこれ位で普通、そう自分に言い聞かせたら、身体も気持ちもゆっくりと楽になって行きました。

ぽつんとひとりぼっちな自分を感じていたのも、今日の午後の内省でその理由が見えてきて、ちょっぴり安心しました。それと同時に、実はこの期間、スゴく頑張っていたのかも私。。とも思えて、自分にしっかりとねぎらいを届けることへの新たなモチベーションが湧いてきました。

今までは「疲れてるから、」「ブルーだから」「せめて私くらいは」という感じで、後ろ向きにねぎらっていたのです。でも今回、自分がどの方向に頑張ったのかをちらり感じることが出来たことで、こんなに頑張っていたのに、「はいはい、ねぎらえばいいんでしょ?」と投げやりな感じでしか「ねぎらえて」なかった自分が、ちょっと恥ずかしくなりました。もっとちゃんとねぎらっていいんだった。そのことに気がついていなかったら、そりゃ悲しいなぁ。

自分自身をねぎらうことに理由なんて要らないと思います。でも自分に癒やしが必要なことって、自覚できずにいることも。そんなとき、自分の状態をみつめるって大事なんだなあと改めて思いました。分析することが癒やしになるって、こんな感じなのかな。
カフェラテ.jpg
何だか尻切れトンボですが、今日はここまで。ようやく言葉に出来てとても嬉しかったです。
最後までお読みくださり、ほんとうにありがとうございました☆

posted by e-aprico@杏の木 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/182994384
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック