2018年04月19日

「一粒のYes」、こんな時にも使えます

2月17日に「一粒のYes」のイメージワークの記事を投稿しました。色々練習する中、こんな時にもというシーンがあったので、ご報告させていただきます。

何気なく見聞きした言葉にズキューンと心を打ち抜かれる思いをしたのは昨日のこと。ラジオからきこえた世間話だったのに、ショックで音声をオフにしてしまいました。10分くらいブルーな気分が続いて、こんな何気ない言葉がずしりと来てしまう私は精神的に不安定なのでは?と心配になってしまったり。

3歩進んで2歩下がるなんて歌がありましたが、この場合相殺すると1歩進んでます。私の場合プラマイゼロというか、「Yesを届けるぞ〜なんて嬉しくなってようやく半歩進んだとおもったら、ズドーンと落ち込んで5歩下がる、とでも申しましょうか。そもそもの自己肯定感がまだまだ足りてないなあと改めて思ったのでした。

褒められ慣れていない私の場合ですが、優しい言葉をかけていただいても、励まして慰めてようやく一粒受取る感じで、そんな小さな半歩がじんわりと嬉しくて、こんな私でもようやく半歩進めた!ってちょっと調子に乗ってしまうくらい嬉しい変化だったりします。

一方で傷つくのって、あっという間です。世界って美しいなあと心がホワホワになっているときには余計にぐっと深く刺さったりもするので、斜に構えて「どうせ」って思いたくなってしまうことも。

「落ち込む」っていう表現のように、深い海の底に落ちてゆくような、自分の心の深淵を覗いたような気分でした。いらだちともどかしさと困惑と焦燥という感じかな。でも、10分で立ち直れたのは、このダークな自分にもYesを一粒届けてみよう、と思ったのがきっかけのひとつでした。

パズルのピースのように、皆がYes!を出せるステキな場面はたくさんあります。でも、誰かに話すまでもない、ちょっとした気分の落ち込みってかえってうまくやり過ごすことが難しかったりします。そんなときこそYesのチャンスなのかもしれません。

切ないとき、悲しいとき。こんな場面でYesを出すのはちょっとなぁ、と躊躇するような場面でも、もしかしたら、Yesを自分に届けることが再浮上のきっかけになることも。こんなシーンでも自分にYesを届けることが出来た、その行為は小さな自信としてたとえゆっくりであっても一つ一つ積み重なって行くように思います。
77.7メータ.jpg
以前は苦手だったぞろ目も最近は大丈夫になってきました。昨日だったか、駐車場で見かけたプチぞろ目。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 17:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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