今夜はどうだろう。。とドキドキしながら夕食作り。
実は失敗と言っても、なんかかみ合わないなぁとか、ぴんとこないぼやけた感じ。。というプチ失敗だったのでした。こんなことくらいで落ち込むのも何だかなあと思っていたところの三連続。続いちゃうと「私ってダメな子」という思いが沸々してきて、こんな位で落ち込むなんて大人げないなあと余計にどんよりしてきちゃったのでした。
ヘナを頭に乗ってながら、4連続での「失敗」を回避するヒントが何かないかと探していたのですが、「丁寧さ」に別の角度を持ち込むことを思いつきました。
私の3連敗の主因はぼんやり他のことを考えていて、必要な注意を怠ったのと、不器用な私だけど、これ位なら出来るはず!とぎりぎりセーフに駆け込むときの高揚感を得てみたくて、やや無理目な挑戦に挑んだことのよう。普通なら、ちゃんと専念する、とか「丁寧に」お料理する、が解決策かもしれません。
でも、「丁寧さ」って苦手なんです。特に家事周りの描写に使われると、そ、そうかなぁと思ってしまう。丁寧な○○とか、私には切なくなっちゃう。
結果として「丁寧さ」が現れてくる分には大丈夫なので、私の中で「丁寧さ」のとらえ方が偏ってるのかも!と調理対象との距離の取り方を工夫し夕飯作成に挑んでみることにしました。
まず、私自身を十分に満たすことを心がけました。まずは最優先にするくらいに自分自身に意識を向け、対象に意識を向けすぎないように、きちんと距離をとることを心がけました。
自分を満たせているのか、対象と距離を保てているかを意識しながら、時間経過が必ず必要なプロセスがあるので、急がない!を自分に言い聞かせました。自分の不器用さもしっかり自覚して、安全第一での進行を心がけました。
料理が上手な方ってコツをしっかりと把握しているからだよな、と思い、ここは要所!と思う箇所には重点的に注意を払い、それ以外の処では「大体」を大切にして、過緊張からのミスを減らすように。
まずはメインをしっかり!とおもって副菜もあっさり。リハビリ中だもの〜。
と、これ位気をつけたからなのか、無事餃子がこんがりと仕上がりました。絶品!とまではゆかなくとも、鉄のフライパンで焼きだしてから一番上手に焼けたかも〜。(嬉)
「丁寧」ってうまく付き合って、そのことでモチベーションが上がるのであれば、ステキなことだなあと思います。でも、私の中では「丁寧さ」に理想的な美しさの側面がにじみ出ることを強いられているように感じられてしまって、いや、、私そんなこと出来ませんから、と尻込みしたくなってしまうのです。
他の方の目にどう映るかは別問題だけど、私がちゃんと心地よくいられることを大切にして、「丁寧さ」を目指さないことも、私の精神衛生上は必要なのかもなあと思ったのでした。
「丁寧さ」を大切に思っている方には失礼な文章だったかもしれません。ごめんなさい。また、他の方から「丁寧だね」とお声をかけていただくことに関しては、さほど抵抗なく受け取れていると思っています。なんて優しい方〜と思って嬉しくなっちゃうかも。
私の中で「丁寧さ」に苦手意識があることが心の中でもやもやしていたので、私なりに再解釈できて、とてもほっとしました。私自身がどうやったら心地よく過ごせるのか、これからも探して行こうともいます。
私なりの「丁寧さ」を模索した課程を文章にしてみました。これが絶対!と押し付けるつもりはありません。ご自身にとっての決めフレーズってあるかとおもうので、その方が心地よくなれる選択をなさってくださることを心から願っています。

長文最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。