2018年10月25日

まだ「普通」を目指してる私がいる

この数日、ときおり土砂降りのスコールのように「無力感」がやってきていました。
「何かのライトワークを無意識下でやろうとしているのかな?でも私はシャーマンじゃないし。」と一人の人間として遊ぼう、楽しもう♪と心がけていたのですが、自分自身が心地よく過ごせる場をちゃんと追求していって、という辺りから目をそらしてきたなあと気づいたのが、つい5分前。

いつの間にか、欲張り欲張りな自分になっていて、あれもこれもと欲張ってしまっていました。
今日から5日間、布地屋さんで会員さま限定20%引きセール♪試作中の物も有るし、生地を見積もって買い出しにも行きたいなあと思っていましたが、なかなか針がすすまず。今の状態ってなんなんだろうなあとぼんやり午前中を過ごしておりました。

木とか触ってないからかも!と東京駅の物産展で購入した古代木のツボ押し君を握ってみたり。こんなに無力感を体感できるっていうのは、今まで思い上がってた部分が虚像だったことに今日気がつけたって事で、今までとは違う小さな自分を見つけられたのかも!と自分を励ましてみたり。

色々試して、今の私にぴったりきたのは表題の「まだ「普通」を目指している自分がいる」ということでした。「普通」という存在しない他者からの肯定を勝手に夢想して、そこに自分を当てはめようとしている欲張りな私。「普通っていいよね」という気軽な物ではなくって、「普通でいないとダメ」という強迫観念のような物。

どんよりがはじまったきっかけも、ようやく客観視できるようになって、よしよし、と自分をいたわっています。よしよし(アゲイン)。。

「普通」という言葉と仲良く出来る方はたくさんいると思いますが、私にとっては何かの地雷を踏みかねない取扱注意ワードであるようなので、「私にとってはこれが普通、だけど、人それぞれ異なるし」までをワンフレーズとして、「普通」という言葉を相対化できるように、もっとゆるっと自分という人間を受け止められるように、なれたらいいな。びしっとカッコいいフレーズを見つけられると良いのだけど。
栗ご飯2ND480.jpg
先日お高めの栗で炊いた栗ご飯に、今一つ〜なんて偉そうなことをいっていたら、ただの加熱不足だったことが判明。今朝中華鍋で温め直して食べたらちゃんと美味しかったのでした。土鍋で13分だと加熱時間が足りない模様。。まだ半分残ってるので、次回は軽く焼いてからご飯に炊き込もうと思います。謎が一つ解けて良かった!

最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
*誤変換1ワード訂正しました。
posted by e-aprico@杏の木 at 14:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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