2019年04月17日

「もっともっと」がやってくる

アート系と呼ばれる作品の中って、よく「破天荒なヒロイン・ヒーロー」が登場したりします。常識やモラルを一歩二歩超えて行く、え、そっちを選ぶの?という選択をしてしまう。

昨日も今日も、そんなアウトロー達が活躍する映画を見て、世界をおおっている「日常」というベールをぐぐっとそぎ落として、実際の世界の様相を垣間見たような、ドキドキする思いを味わっています。

誰かの弱いところによりそって、欠点も含めて愛してゆく。人に寄り添うということの強さを改めて感じました。
自分の中にある「偏見」や「思い込み」を浮かび上がらせてくれる、そんな出来事は心地よいばかりではありません。ひりひりする痛みと共に、自分の至らなさに恥ずかしくなってしまうこともあります。うわ〜こんな私がいる!と頭を抱え込む前に、もう少し俯瞰してみたら、「より正しい選択を」と過剰に追い求めている私自身の姿が見えてきました。

向上心というよりも、「もっともっと」という焦りが私の中にまだまだあるようです。

今この文章を書く手を休めて、自分の今とココを改めて感じてみました。自己肯定のためについ理由を探しちゃう、条件付きでしか自己肯定できない私も、そのまま私。そんな弱さを含めて私自身なのですね。

自己肯定に挑戦する度に、自分の至らないところがたくさん見えてきて、気分がブルーなときは余計に落ち込んだりしてしまうのですが、自己肯定は数値ではないのですよね。自己肯定にも右肩上がりをもとめてしまうのだとしたら、それは「もっともっと」の落とし穴かなあとも思います。

どんな天才打者さんでも打率10割とはゆきません。今日は今日の肯定感で。ほわんときもちがゆるめば、胸がほんのりあたたかくなれたら。今日は気持ちがブルーだったのに、上出来〜^^とゆるりととらえてあげることが必要なのかも!

「もっともっと」の傾向、今回はいつになくしっかり見つめられた気がします。まだ手放せたわけではないけれど、自覚できたら次から対処が楽になりそう!

今とココとを味わいつつ、自分を過剰に急き立てようとする追い込み癖は、ゆっくりと手放して行こうと思います。嬉しいことがあると、自分の中でバランスをとるために、自分の欠点をぐりぐりしちゃうのかも☆
長野市.jpg
最後までお読みくださり、ありがとうございました☆
posted by e-aprico@杏の木 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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