2019年07月27日

1:11と2:22、さてその次は?

長野でもようやく夏がやってきたようで、数日前からエアコンを稼働させることにしました。
設定温度が悩ましくて、高めに設定しすぎると、外気温より高くなってしまうことも。涼しい風が足元に回ってくるので、先ほど足湯をしてみました。微調節が難しいお年頃です。

7月の間は心騒ぐ時期も多く、あっという間に月末になってしまいました。そんな中久しぶりにミーハー心で購入した雑誌の文章に心慰められています。書籍よりも即時性があって、様々な方の文章を読めるって、やはり嬉しいです。心の底まで届くような優しい慈雨をいただきました。編集者の皆様、執筆者の皆様、ありがとうございました。
タイトルの1:11ですが、たまたま目にした時計がぞろ目を指していたりすることがありますね。今日の午後、1:11、2:22、と調子よく来たのですが、その次に目にしたのは3:33ではなく、3:32でした。

いつもは、アラ惜しかった〜と軽く流してしまうのですが、今日はギリギリ間に合ったってコト??と思って、3:33に表示が変わるまで待ってみることに。秒数表示は小さくてよく見えませんでしたが、なかなか変わらず。40秒くらいは見つめていたのでしょうか、ようやく3:33が表示されて、ホット心が解放された自分がいたと同時に、ぞろ目にこんなに嬉しくなる今の私はちょっと気持ちが弱っているのだなあと改めて思いました。

先日も小さなコトで心がしょわしょわしてしまって、だって自分と関係ないじゃん?こんな些細なコトじゃん?とその理不尽さが受け入れられなかったりしたのでした。そんなことで半日寝込んでしまう自分が悲しかったり。でも、その時期は何か落ち込むきっかけが必要だったのだなあとそのきっかけに出会えた自分は恵まれていたのかもしれません。ちゃんと落ち込めて、身体を休めることが出来たのはある意味土用の時期を先取りしていたのかも?

ちっちゃなコトでしょんぼりすることもあるけど、些細なコトを喜べたりもします。過去の私が受取りきれなかった祝福がどれほどたくさんかと思うと、ちょっとクラクラするけれど、今目の前に届いているささやかな祝福、それを一つだけ噛みしめてみる、そんな実験も楽しいかもです。

今この文章を書きながら、砂の一粒よりももっともっと小さな祝福が指の先っちょに一つ届いたところを思い描いていました。小さな小さな祝福が私の右手中指のさきっぽにちょこんと舞い降りてくれたけれど、私は目をこらしても見ることが出来ないし、小さな祝福が届いたかも?と思ってもソレを感じることも出来ません。でも、もしかしたら、私の知覚外のところで今この瞬間も祝福が届いているかもしれない。私の指先の組織、細胞、そのなかの量子レベルの小さな場所では、何かが届いているのかもしれないし。

素直に受取るっていうのが、なかなか苦手で、すぐややこしく話をこねくり回しちゃうのですが、こんな私も好きなモノに対してはまっすぐになれます。もう時期4:44♪その頃までに投稿できると良いな。
豆サラダ640.jpg
今週初の緑豆サラダです。お家でいただくプチスィーツにたくさん癒されてます。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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