2020年01月24日

心のグラデーション

〜〜明日、2020年1月25日に【無償一斉】混沌にいるあなたに光を照らすイベント〜内から光、そしてリズム〜を開催いたします〜〜

先日、11時11分の電車に乗るつもりが、支度が遅れてしまいました。残念に思っていたら、車のエンジンをかけた時刻が11時11分♪これからスタートなんだな、とじんわり嬉しく、その記憶の灯りに照らしていただくようにお出かけ先での用事をこなしてゆきました。変化の時期でもあり、心細くなっている自分もいるようで、最近はぞろ目なら2桁でも嬉しいです。

11時11分の数の並びに背中を押された帰り道。寝不足もあって都内の人混みを歩く元気もなく、寄り道せずにまっすぐ帰宅することにしました。ふと目に留まった夕刊を買ってみたら、丁度読みさしのエッセイの中に出てくる会社の記事が一面トップになっていました。何度か購入を迷ったあげくに買って、広げてみてから気がついたので、引き寄せ感がじわじわこみ上げてきて、地味に嬉しかったです。
以前は何かにせかされているようで、ぞろ目を見る度に不快になって、機嫌が悪いときにはプンプン腹を立てたりしていたことを思うと、今の自分の変化が興味深いです。そんな中、今朝目に留まった過去投稿が、2019年9月14日「坂道にバスがやってきた」そのままのあなたへでした。こちらのページにご訪問くださった方、ありがとうございました。

エッセイ風のタイトルだけど何を書いたのかな?と読んでみたら、夢の中で助けていただいたお話しでした。誰かの手を借りることも、誰かに相談することも苦手な私。昨年もこんな夢の出来事に励まされていたのだなぁと過去の自分が愛おしいです。それを読み返して、今の自分も再度励まされてます。

読み返してみて感じたのは、誰かの手を借りたくないモードにも、色々なグラデーションがあるな、という視点でした。何か目の前に「課題」が迫っているときに、そこにどれだけ意識を向けているかにも濃淡があるでしょうし、自分のペースを大切にしたいから、という意味づけが、内側からのモノなのか、先延ばししたいという「言い訳」なのか。

「言い訳」、というと自己批判的に響くかもしれませんが、自分の中で動きはじめる予兆があるにもかかわらず、その声を打ち消すかのように別の「言い訳」を繰り返してしまうのは、少しもったいないです。先月左手に火傷をしてしまって、しばらくひりひりしていたのですが、ようやくなおってきた頃にかさぶたをはがしてしまいました。その小さな傷も、いまようやく癒えようとしています。傷を負ってつらい思いを抱えている時期が長ければ長いほど、傷がある自分を手放すことが怖くなりますが、傷はやがて癒えて行くこともあります。傷があるかと思っていたら、いつの間にか癒やしが進んでいた。もう傷が癒えた自分がすぐそこまで来ているかもしれません。

クレヨンだったら、白と黒とはっきり分かれているかもしれませんが、心の風景は濃度が毎瞬変化しうるモノだと思います。自分の心ってなかなか見えてきませんが、私自身にとっての最良のタイミングを感じ取れることを願って、今日も自分自身の心に耳を傾けようと思います。その時に、自分のことなら自分が一番よく分かっているはず!というのではなく、まだ自分のことだけど、よく分かっていない部分もあるかもなぁと大切な方の心に寄り添うときのように自分自身の内からの思いを感じてみようとおもいます。
花瓶と黄菊
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

posted by e-aprico@杏の木 at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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