2020年02月01日

胸にあいた穴と自己受容と

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白いワンピースの裾の処理をしています。薄い生地を2枚重ねたもので、全体の8分の7まで終わりました。多分あと30分くらいで終わります。まだウエストの裏地の処理も残っていますが、裾の処理が終わると完了までひと山こえて一段落となります。そちらに取りかかる前に、先日胸にぽっかり穴が空いた時のこと、忘れないうちに書いておこうと思います。

前回、穏やか、というキーワードを頂いて、内面が変化していったコトを書きましたが、30日も、自分が気づいていなかった側面をご指摘いただいて、余りにビックリして相づちの声も飲み込んでしまいました。大事な体験だなあということは身にしみて分かったので、その後内省で感じてみましたら、胸にぽっかり穴が空いた自分がいました。ご指摘によって空いた傷、というより、元々自分の中にあったのに見ないふりをしてきた傷口のようでした。傷を癒すってどうするんだっけ、とまずは身体を休める時をすごし、夕方元気をかき集めて買い物に出かけたスーパーで好物とグミとアイスを買ってきました。

落ち込んだり、自己肯定感が下がったりというのは時々ありますが、この時は『胸の穴』という感覚がその輪郭や大きさの存在感が、今までにない感じで新鮮でした。気分の落ち込みはあっても、寝込むほどではないし、簡単に夕食を済ませて、そのうちなおるかな、と軽く考えていました。

この日はヒーラーとしての自分を思い出させる出来事があって、夜は図書館の本を読んでました。生活者としての力量と文章力がとてもステキな作家さんで、理解できないまでも片鱗を味わえるだけで嬉しかったです。

特に何事もなく済んだのですが、自分に欠損があること、そのことを自覚したまま自分自身を受容して自己実現してゆっことの大切さを改めて体感した出来事となりました。

改めてセルフワークで今の自分自身を感じてみると階層のバランスが不自然、どちらかというとブロッコリーというよりパセリ型。高次元で心を遊ばせることがとても楽しくなってしまっている模様。レムリアンサージャリーの手法を使って、私自身が体現したい私自身を再度思い描いてワークしてみました。

今までの私なら、まず穴を埋めることにワークの主眼を置いてしまったかと思うのですが、今回は穴を言い訳になりたい自分を思い描くことすらあきらめてしまっていた私自身に向けてのワークだったので、その在り方が私自身にとって新鮮でした。癒すべき自分を受け止めて、そこに向合うことも時に必要ですが、そこにばかり着目してしまうと、時に全体像を見失ってしまうこともあるかと思います。

癒やしと学びを受取りつつ、自己受容をすすめて行くことの大切さを改めてかみしめた出来事でした。

以前より、自分自身への解像度が上がってきているので、今まで見てみないふりをしてきた心の傷もこれから時に応じて浮かび上がってくる気がします。そんな時も、私自身でいることを大切にしながら、必要な癒やしを自分に届けて行こうと思います。
ココアと薔薇の陰
度々ココアで済みません〜。そろそろ次のおやつマットを用意しなくては。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。

posted by e-aprico@杏の木 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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