2020年06月26日

過去の自分がてらすもの


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足跡から振り返ってみるシリーズ、続きます。

2017年4月14日の投稿は、「祈りの形を探しながら」でした。

少し前の自分の姿、毎日を生きているとつい忘れちゃうのですが、切ない思いを今よりたくさん抱えていたようで、自分の内側にあるものに向き合おうとしていたようです。 今の私より、ずっと『祈る』ということに躊躇していたようで、素直に受け入れられないことがもどかしく、やるせなかったようです。

自分の中のこだわりだったり、引っ掛かりだったり。何故か素直になれなかったり。風通しのよさ、明快さの反対で、自分の中に余計な風が入らないように、閉じこもるというか。でもその中で、何が一番自分にしっくりくるのか、探す姿が、自分のことながら、愛おしくなってしまいました。

気持ちが内向きになる時期には、それなりの必然性があるのだし、その人ひとりひとりにとって、その時ならではの最善のバランスがあるのかと思います。今の私は2年前より、少しだけ頑なさを手放せたかもしれませんが、真剣に何かを探そうとする希求力は希薄になっているのかもしれません。

過去の自分はその時の自分の精一杯を生きていたと思うので、今と昔とを単純比較して、わかりやすくラベルを張るような自己評価は、ちょっといったん引いて考えようと思ったのでした。過去の自分が放つもので、今の自分を照らしてみて、過去との自分の出会いそのものをまるっと感じてみる時間を持ってみようと思います。
ナスタチウム
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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