2020年07月02日

石の壁ドーン、あるいは内なる抵抗

何を書こうか、パソコンを開いたまま、腕を組んでおりましたが、ふと思い浮かんだ話題のことを考えていたら、ぞろ目の時計を見掛けてしまいました。13:33、これはこの話題でゆけ。。と後押しをしていただいたのでしょうか。

5月、6月がようやく終わり、少しずつ自分の今の生活を受け入れられるようになってきました。スーパーバイザーさんにお手伝いしていただきながら、身体の調整もすすみ、少し一段落したところです。

でもまだ、気持ちの整理が付いていない箇所があって、それはつい自分のことを後回しにしてしまう性癖です。この辺りにまだ取り組む課題が残っているようで、なかなかはかどりません。

4月の末にあんパンを焼いて以来、パンを焼くのもご無沙汰気味でしたし、自分のための編み物もはかどらず。身につけるものを繕ったりはしたけれど、あんなに好きだった手縫い仕事もさっぱりはかどっておりません。畑で穴ばかり掘っているから、という理由もあるかと思うのですが、自分自身に意識をむけることが苦手になってしまっているようです。

昨日も数日ぶりに眉毛のお手入れをしたら、とんでもないところに長い毛がありました。4,5日ほったらかしだったよう。眉毛が伸びている方には、それぞれご事情があろうかと思うのですが、「慈しみを」と癒やしをお仕事にしている身としては、肉体レベルのメンテナンスを行う余裕を持たなくてはなぁとちょっぴり反省した次第です。

昨日も「生の感情」に言及しましたが、自分自身に意識をむけることが切なく感じられるときがあります。いたわる愛おしむ、頭ではわかっているつもりでも、最低限のケアが精一杯。私の場合はご飯を作りながら、エネルギー調整的なワークをしているようで、その部分だけで手一杯な模様。先日はとある方の守護霊さん的な方から、「私のことは良いから、自分のケアを」とメッセージを頂き、嬉しいはずが落ち込んでしまいました。受取るのに1ヶ月くらいかかり、ようやく昨日の夕方に、「自分のケアを」というのは命令されたのでも、非難されたのでもなくって、ゆるい提案を優しくささやいていただいたことなんだ。。と至極当たり前のことにようやく思い当たったのでした。

用事が山ほど立て込んで、ご自分のことが後回しになってしまう方ももちろんあるかと思います。私の場合には、ゆるゆるダラダラ過ごす時間が自分のケアをするより優先順位が高いので、心が満足するまでゆるっと過ごしております。以前、「なみさんの場合、肉体にではなく、精神的な葛藤として現れるから」とご指摘いただいたことがあるので、今きっと何かの変容の時期なのかもしれません。心に葛藤を抱えつつも全般的に穏やかに過ごせていること、逆に言うと、穏やかな日常の中から魂の相克かのような葛藤を感じることが出来ていること、幸せなことなのかもしれない、と自分を慰めています。

自分をいたわることが至極当然のように出来る方にとって、なんで出来ないの??と理解が難しいかもしれませんが、目の前に石の壁がそびえ立っているくらい「イヤ!」なので、そんな場合もあるのかなぁと思っていただけると幸いです。眉毛は自分でもショックだったみたいで、昨夜の夢の中でおでこに刻まれた深いしわをケアしていました。こびとさんになっておでこの上を歩いていたのかも。。
人参のタネ
先ほど梅雨の晴れ間に、人参と春菊と三つ葉のタネを播いてきました。小松菜はようやく一袋播ききりました。小袋とはいえ嬉しかったです。

自分の心情を言語化する場をいただけていること、心から感謝しています。
最後までお読み下さり、ほんとうにありがとうございました。
posted by e-aprico@杏の木 at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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