2013年09月10日

闇とか怒りとか。

おはようございます〜。今朝はしばらくぶりにシーツを洗濯しております。良く晴れてよかった!

以前闇について、とても印象深い体験がありました。お写真をSNSで紹介させていただく際に、闇と光をテーマにした文章をちょろっと書いて投稿したことがあったのです。

そんなに深い想いを書いたつもりもなく、数行の詩の断片みたいな文章だったのですが、その文章を見てくださった方の反応を見て、びっくりしてしまいました。

コメントを寄せていただいたわけでもないのですが、私の数行の文章から、闇の怖さの側面を感じてしまった方が何人かいらっしゃったようで、(気のせいなのかも。。)慌てて削除して、闇って怖くないよ!という詩を投稿させていただきました。(ニュアンスとして。。)

怒りの感情の美しさを初めて教えていただいたのは、何かのワークの講義の時だったかもしれません。

以下うろ覚えですが、記憶をたどって書いてみます。
その人にとっての真実はその人にしかわからない。世界中の人が真実といっても、その人にとってそう思えなかったら、それは真実ではない。
怒りは、その人にとってそれが正しくないことを教えてくれている。その人がその人にとっての真実を見出すときに現れてくる感情です。
(@Leaves Institute Yumiko Naka )

私も昔はぷんぷん怒ってました。いろいろ怒って20代のころはピークだったかもしれません。でも30代も半ばを過ぎたころから、ちょっと感じ方が変わってきて、40歳前後になると、怒りを感じること自体が、私の身を苛んでいる。と強く思うようになってきました。

潜在意識には主語がない、とか言いますが、自分の怒りが自分自身に向けられているように感じられて、心がヒリヒリするようになってしまいました。

その頃は色々なものに対して怒っていましたので、怒りが止むときのほうが少なく、のべつ幕なしだったのです☆

打ち消したり我慢したりするのではなく、何か良い方法がないかなあと試行錯誤すること数年。

色々な方の助けを借りながら、自らに癒しを届け続けて、ようやくこの春、絶え間なく続く怒りはいったん終焉しました♪

(私に向けて怒ってたの?と思われる方もあるかもしれませんが、「この世はままならぬ〜♪」的な部分に向けての怒りなので、きっと大丈夫です♪)

私がようやく克服しつつある怒りが、実は美しいらしいぞ?というのはワーカー仲間で何度か話題になっていて。私もそんな美しい怒りを堪能してみたいなあと思っていました。でも、誰かが発する怒り、それが家族だったり、自分が原因で相手が感じてしまったものだったりすると、なかなか純粋に「怒りが美しい」だなんて思えません。でも、そんな私にようやく怒りの美しさを堪能するチャンスがやってきました。

2013年7月4日怒りへのジャッジを手放すことこのブログでの投稿

さらに美しさとして傍から堪能した怒りを自分でもするっと手放せたのがこちら!

2013年7月16日あの時怒れなくてこのブログでの投稿

怒りに出会ったら、こうするべき、とか、こうあるべき、怒りマニュアル?みたいな感じでご紹介するつもりはありません。でも、怒りの中にある美しさの側面を時折であっても感じさせていただけていることは、とっても幸せだなあと思います。

闇もそうですが、怒りもいっぱい誤解されちゃっていると思います。でもその奥深さがまた魅力の一つかもしれません。

感情に振り回されて、いつもの自分を見失っちゃうことも、とっても豊かだなあと思います。肉体を持って地上に生まれたからこそできる貴重な体験の一つだなあと感じています。

今日はご用事を済ませたら、久しぶりにのんびりゆったり過ごさせていただこうと思っています。すでに心はこれから始まるお休みのひと時を思って、ワクワクが広がっています。

お返事やご連絡には少しお時間をいただくかもしれませんが、夜にはお仕事モードに復帰したいと思います。

一斉ワークを終えてのご報告はもう少し自分の中であたためさせていただきます♪

最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました☆



posted by e-aprico@杏の木 at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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