2013年09月28日

差異をとことん味わい尽くしてその先にあるもの



先日、『差異に向かって心を開いてゆくこと』の中で、一斉ヒーリングを通して私が受け取らせていただいた変化の一端を書かせていただきました。

何時かブログに書いてみたいなあと思っていたビジョンに向けて、するっとおこってしまった変化。ワーカー仲間に報告しましたら、それが宇宙の調和にかなってたんだね♪とコメントをいただきました。。

その時私が感じていた思いをここで一度言葉にしてみようと思います。



今までスピリチュアルの界隈では引き寄せの法則とか、類は友を呼ぶとか、同じような人々が様々な形で出会ってゆく、そんな側面がよく話されていたように思います。

私は引き寄せの法則にいまいち半信半疑な部分が抜けなかったようで、そうかなあと思ったまま、今日にいたってしまったのかも。

今内省してみたら、引き寄せて出会った方々の不思議な高揚感や帰属意識、仲間意識にうまく同調できない時期が長かったようで、『そうそう!』と気軽に相槌を打てない自分を寂しく思っていたようでした。

そう、共通項を持った方々と出会えることは、魂だった時分にさんざんやってきたことだったので、新鮮味が薄かったのかもしれませんね。様々な魂の方と3次元で色濃く触れ合う体験がしたくて今の地球にやってきたのに、なんて思っていたのかも。(無自覚だったけどこう書いてみるとちょっぴり生意気な私でした。。)

今、時折人ごみに行くとワクワクします。都内を歩いたりするとわっくわくします。色々な方がいらっしゃる。やっぱり地球に来てよかった!そんなことを思って歩いているせいなのか、東京の大地とも時折祝福のエールを交換し合っています☆

家族の間ではもちろんのこと、仲間とか友人とか思っている方々は、皆一人一人違う人間です。生活空間や生活習慣や共通の趣味や話題や。色々な場面で思いを共有したり、価値観を共有したりしていると思います。でも、皆一人一人異なっている。

この人と同じところがたくさんある!と思う間に、いつの間にか自分の中にある思いを押し殺して相手に合わせることが習い癖になってしまったり、こうしたら相手の期待にそえるかも、と先回りして考えてしまったり。

いつの間にか自分自身の感情にふたをしてしまうことが続いてゆくと、以前よりずっと早く、身体の側に不調として現れやすくなっている気がします。(私の場合ですが。。)

一つ一つは、本当に些細なことで、相手を気遣ってした我慢というより、そこまで細やかに感じて対処するのが面倒だから。といった自分都合のガマンだったりします。(これも私の場合。。)私の場合、自分自身の繊細さの新たな側面を日々発見しているので、嬉しさよりも、またこんなところで、と小さく落胆してしまうこともしばしば。

この繊細さを何とか生かす形で地球の未来に貢献できないか?そんなことを無意識下の私はこっそり考えていたようで、その為には地球規模でコミュニケーションの在り方が変化していったらいいな〜。と思ったのでした。

いきなり話が飛躍しましたが、一体何かというと、もう人と人とは、異なるところがたくさんあって当たり前。異なる立場や状況、考え方を持つ方といかにしてコミュニケーションをとるのか、違いを乗り越えて認め合って、共通項をお互いが見いだせるか、いかに共感をよびおこせるか。そんな変化を、ぼんやり模索していたのでした。

せっかくこの地上に、肉体を持って生を受けて。色々な方と交流できる場に人間として生まれることが出来たんです。異なる考えを持つ方とだって交流できたら、そこから新たに見出せる喜びがあると思います。今の私はまだまだ人見知りが抜けきれなくって、おそるおそるですが、それでも日々小さな冒険を繰り返しています〜。

それぞれの方がコミュニケーションの在り方をその人らしいやり方で模索していって、その方々の数が一定数に達したら、100匹目のさるみたいに、コミュニケーションの在り方が世界規模で変化してゆくのではないか。そんなことをぼんやり夢見ていたのでした。

そしたら今朝のテレビ番組の中で、世代を超えたコミュニケーション教室が大盛況という話題を取り上げていました。ケータイ文化のなかで異なる方とコミュニケーションをとる機会がすくなくなってしまった。年上の方、立場の違う方ともより積極的にコミュニケーションを取りたい、そう考える方々がお教室に参加しているのだとか〜。

ちっぽけな私がこっそり考えているくらいのことは、もう何年も前から真摯に取り組んでいる方々がいらして、ちゃんと具現化されているのですね〜。

でもお教室にわざわざ通わなくっても、色々な方法があります。私が前回行わせていただいた瞑想会もその一つかなあと思っています。瞑想を既に毎日のように日課になさっている方から、瞑想会は初めてですとおっしゃる方々まで。遠隔の瞑想会なので、同じ空間を共有したという想いは抱きにくいかもしれませんが、私が瞑想会の会場として用意した空間はおそらく次元を超えた空間なので、時差や距離をものともせず、色々な方が集ってくださったように感じています。

もともとは魂としてあった存在達、共通項を持つ人々を引き寄せ合っていた魂時代から、一転、色々な方々と触れ合える肉体を持つ地上の生活でそれぞれの日々を送る中、一時同じ空間に集って、地球に喜びを届ける瞑想会に参加する。

私が夢想していたのは、皆さんが地球に喜びを届ける姿を拝見することはもちろんのこと、考え方や立場が異なる方々が時を同じくして集う。その集いの姿そのものだったようにも思います。

ここまで書いて、なんだか突拍子もないことを書いているのではないかと、恐る恐る読み返してみたら、思ったより文意が通っていて、ほっとしました。

まだまだ荒削りな私の思考ですが、こうして言葉にできて、とっても嬉しいです。

長文を最後までお読みくださり、本当にどうもありがとうございました☆

posted by e-aprico@杏の木 at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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